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最終更新日:2007-01-21
手島 和希
2006年、出場機会を求めてG大阪に移籍したものの、
G大阪での出場機会のなさ、サンガお守備崩壊等により
シーズン途中でサンガに復帰。
守備陣建て直しの片鱗を魅せるも2試合目で鎖骨骨折の重傷。
シーズン後半には復帰したものの、手島による序盤での守備の建て直しは計れなかった。
2007年、秋田、森岡などの加入により一層厳しくなった
レギュラーポジションだが、二人からいい部分を吸収して
サンガ不動のセンターバックの地位を築いて欲しい。
(2007-01-21)
横浜フリューゲルスからやってきたワールドユース準優勝組。
京都ではセンターバックで活躍。
ワールドユース時代に当時の監督、トルシエ氏の指導によりフラット3を習得、京都でもオフサイドの山を築く。
手島のDFラインの統率力は高く、02年、手島出場の試合は14勝4敗1分、
欠場の試合は3勝8敗と、チームの成績に直接結びついているといっても過言ではない。
だが、もともと怪我がやたら多い。なんで?!っていうくらい多い。1年間コンスタントに出場したことないのでは?!
そんな手島も今年、柱兄の競争意識改革のため、選手層強化のための鷲田、リカルドの獲得により、
レギュラー争いを強いられる。ふんばりどころ。
しかし、記憶に新しい04年オフ、2年連続のJ2決定、選手、関係者の減法により京都から選手が去っていく中、「来年も京都でプレーして、必ずJ1に」という決断をしてくれた男の一人。
いろんな噂があったが、それらを振り払って残ってくれた感動は忘れられない。
(2005-08-16)
| 年 | チーム名 | リーグ | 出場試合数 | 得点 |
|---|---|---|---|---|
| 庄内小学校 | ||||
| 福岡イーグルス | ||||
| 東福岡高校 | ||||
| 1998 | 横浜フリューゲルス | J | 0 | 0 |
| 1999 | 京都パープルサンガ | J1 | 22 | 0 |
| 2000 | 京都パープルサンガ | J1 | 21 | 0 |
| 2001 | 京都パープルサンガ | J2 | 42 | 0 |
| 2002 | 京都パープルサンガ | J1 | 20 | 0 |
| 2003 | 京都パープルサンガ | J1 | 23 | 0 |
| 2004 | 京都パープルサンガ | J2 | 35 | 2 |
| 2005 | 京都パープルサンガ | J2 | 17 | 1 |
| 2006 | ガンバ大阪 | J1 | 0 | 0 |
| 2006/5 | 京都パープルサンガ | J1 | 19 | 2 |
- 愛称
- テシマ、テッシー
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