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最終更新日:2006-06-11

近代サンガ史/2002年 この見出しの固定リンク


2002年シーズンの軌跡 この見出しの固定リンク

高いJ1の壁 この見出しの固定リンク

 当時J2の新潟から鈴木慎吾、J2に降格する福岡から中払、甲府から美尾と、効果的な補強を見せるエンゲルス監督だが、J2の遅攻になれた京都は、攻撃、守備、どれをとっても後手に回る。

 市原臨海で開幕した2002年は、市原、G大阪、広島、磐田と、4連敗をきっする。このまま再びJ2に戻ってしまうのか、、。この時の京都は自信を完全に失っていた。

快進撃 この見出しの固定リンク

 しかし自信を完全に失っていたと思っていた京都は、西京極に東京Vを迎えた第5節、かっての王者ヴェルディに大量5得点の大勝を収め、今季初勝利と自信をとりもどした。京都のエースストライカー黒部が、J初のハットトリックを決めたのもこの試合だった。

もともと若手中心のため、平均年齢が23歳前後と、非常に若いチームに仕上がっていた京都は、自信を持ち、勢いがつくと、誰にも止められない秘めた強さを持っていた。

パク 松井 黒部の3トップ この見出しの固定リンク

 京都の布陣は、この勢いを持った辺りから3−4−3の超攻撃型布陣になっていた。その3トップには右にパクチソン(現マンチェスターU)、左には松井大輔(現ルマン)、中央にポストプレイヤーとして黒部を配置し、今から考えてもそうそうたる顔触れになっている。

 この3トップが上手く連携し、真ん中で黒部がため、両サイドを松井、パクが切り裂く、又は中央に切り込む といった動きでゴールを量産していった。

フラット3のDFライン この見出しの固定リンク

ディフェンスラインも安定し、手島を真ん中に、右に鈴木和、左に角田(現名古屋)の3人で守る。トルシエ仕込みのフラット3で、手島を中心にラインを統率、J屈指のフォワード達を相手に、オフサイドの山を築き上げた。

新加入選手の活躍 この見出しの固定リンク

この年新加入した選手も目覚ましい活躍を見せる。鈴木慎吾は不動の左サイドに定着し、3トップの攻撃力に厚みをつける。フリーキックも強烈で、2002年最初のゴールは鈴木慎吾によるフリーキックだった。

中払はスーパーサブとして活躍。途中出場で劣勢京都の流れをかえ、ファーストステージの鹿島戦では見事なドリブルから決勝ゴールを放つ。

生まれ変わる既存選手 この見出しの固定リンク

活躍したのは何も新加入の選手だけではない。彼等に触発され、元々のサンガの選手達もその能力が次々と開花していった。

 2001年は高校生だった角田は高校を卒業し、サッカーに専念、目を見張る上達ぶりで最終ラインの一角を担うことになる。

 冨田は強烈なシュートとドリブルに磨きがかかり、不動の右サイドだった熱田を押しのけ京都の「突破する、シュートを狙う右サイド」を創りあげた。

 唯一京都の中でワールドカップを経験したパクは、代表にしばらく召集されていたが、チームに合流後はポジションをボランチから代表で使われていたフォワードに変え、京都の3−4−3攻撃的布陣を完成させた。

、またパクの代わりにボランチに入った斉藤は、石丸と絶妙な中盤のバランスを構築、チームに安定感をもたらしてくれた。

 歯車が上手く噛み合った京都は若さによる勢いも後押しし、気がつくとチーム新記録の8連勝、波に乗り続けたままファーストステージを終える。

 セカンドステージに入っても勢いはそのまま止まらない。勝敗こそ5割強なものの、ゲーム自体は魅せられる試合が多く、終わってみると年間順位5位という、去年までJ2のチームとはとても思えないような輝かしい成績をおさめ、リーグを終えた。
 だが京都の勢いはこれがピークではなかった。

ゲルト京都集大成、天皇杯 この見出しの固定リンク

 今年の行事も天皇杯を残すのみとなった頃、噂になっていた事が衝撃の事実として報じられた。パクチソンのオランダPSVへの移籍である。

 2000年、大学生だったパクは単身日本に渡り、京都パープルサンガ入り、中盤の屋台骨として活躍した。

 降格が決定した年、遠藤ら数多くの選手が京都に見切りをつけて去っていく中、残留を一番に決めたのはパクだった。

 セカンドステージの札幌戦で、試合終了間際、京都がPKを獲得、キッカーはパク。ボールを置いた直後に札幌の選手がそのボールの前にめくれた芝をそっと置いた。パクは何も言わずにその芝を取り除き、見事PKを決めた、紳士な姿をを今でも鮮明に覚えている。

 怪我をしながらも試合に出続け、何より京都の勝利を最優先に考える選手で、ワールドカップ後は前述したとおり、ワールドクラスのプレーを数多く魅せてくれた。

 2002年の京都はパクのチームだったとも言われるほど、絶大な存在感があったパクが、京都でプレーするのは天皇杯終了まで。トーナメント制の天皇杯で負ければそこでパクは京都と別れることになる。

 選手達は少しでも多くパクと一緒にプレーを!と、勢いを加速させた。
 当のパクも皆とできるだけ多く一緒にプレーをしたいという気持ちは同じだった。

 だがこの時、長いリーグ戦、韓国代表との掛け持ちで、パクの身体は悲鳴をあげていた。既に溜まりきっていた疲労は拭いきれず、その右ひざは手術をしなければならない程悪化していたのである。

 それでもパクは全力でプレーを続けた。チーム全体のモチベーションを持続したまま、福岡、名古屋を撃破、12月28日には広島を破り、天皇杯の日程は、2003年1月1日を残すのみとなった。。。

 年が明けた元旦、国立競技場へ京都の選手が降り立つ。迎える相手はV10目前の鹿島。序盤は硬さが目立ち、いつものプレーを見出だす前に失点。やはり王者鹿島は強かった。。。
 だが、怪我をおして出場し続けるパク。京都で最後の試合を白星へと導くことは彼の中で至上命題だったのかもしれない。後半5分、冨田からのクロスにドンピシャのヘディング。そのボールは曽ケ端を越えてゴールネットに絡まった。

 そこから京都はペースを取り戻し、いつもの怒涛の攻撃を見せる。その姿はどちらが王者でどちらがJ2から昇格したてか見間違う程だった。特に冨田を右サイドに投入後は加速度的に鹿島ゴール前へ襲い掛かる。
 だが日本代表GK曽ケ端を中心に守りのチームの鹿島は、なかなかゴールを割らせてくれない。そんな中、京都の歴史に新たな1ページを刻む瞬間が生まれた。エースストライカー黒部のミドルシュートである。DFを引き連れて左から中に切れ込む、と思いきや中央の鈴木慎吾にボールを預けようとパス。が、DFの伸ばした足にあたり鈴木慎吾には通らず。しかしその弾かれたボールは再び黒部の足元へ。豪快に振り抜いた左足はボールを捕らえ、再びゴールに突き刺さった。
 その後、鹿島は決定機を作れず、試合終了間際には曽ケ端の退場などもありそのまま終了のホイッスル。京都の快進撃は勢いを止める事無く突き進み、関西初のタイトルをもたらして2002年シーズンの幕を閉じた。

代表的なフォーメーションこの見出しの固定リンク

 キーパーは序盤上野を起用していたが、怪我のため途中から平井に。平井が出場してから連勝が始まったため、そのまま平井が不動のGKとなった。

 DFは手島が中心となってラインを統率。トルシエ仕込のオフサイドトラップでオフサイドの山を築きあげた。最終ラインには辻本が入ることも。終盤は松本なども試された。

 ボランチは朴がFWに移ってからは斎藤&石丸が不動のボランチコンビに。斎藤が攻撃参加し、石丸がスペースを埋めるなど絶妙な中盤の使い方がよかった。

 両サイドは左が鈴木慎吾が不動。この年新加入した美尾の入る余地すらない程の働きを見せた。右サイドは熱田等もいたが、後半伸び、天皇杯メンバーにもなっていた冨田のほうを選んだ。果敢なドリブル突破と強烈ミドルが今でも目に焼きついている。

 FW陣は真ん中にポストプレイヤーとして黒部、両脇に現在海外で活躍中の松井と朴。
(今から思えば超豪華FW陣w)フィジカルの強い朴が前線でキープ、空中戦に圧倒的な強さを見せる黒部がポストプレイヤーに、また逆サイドでは松井がドリブルで切り裂く、など多彩な攻撃が見られた。

↑相手ゴール↑
  黒部
  松井
 
鈴木慎 冨田
 
  斉藤 石丸
 
  角田 手島 鈴木和
 
平井

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